共済のはじまり、保険のはじまり、気になるはじまり物語

2018年8月27日

私たちが生活をしていくうえで、生命や財産に大きな損害をもたらす病気、自然災害、自動車事故などのリスクは避けようと心がけた生活をしても、せいぜいリスクを小さくできるだけで完全に回避することは不可能です。そのため、共済や保険は、万が一のことが起こっても生命、財産を守って安心な生活を維持していくために欠かせない制度です。もし、このような制度がなかったとしたら、自分だけでなく家族にまで影響を与えるため、多くの人が共済や保険に加入しています。万が一のリスクに遭っても安心できる共済や保険の制度が、いつ頃、どのようにして始まったのかについて紹介します。

第一章 保険のはじまり

1.海外における保険の始まり

保険の起源は諸説ありますが、1400年代のヨーロッパのイタリアなどで船を利用した海上貿易が発展すると、陸上よりも海上を利用した交通は事故の危険性が高く海難事故に遭ったときの損失に備える必要性が生じました。そこで保険に似た考えが始まったといわれています。その後、ポルトガルやスペインによる大航海時代が始まり、航海が失敗したときに備える保険制度が組織的に行われるようになっていきます。海難事故が起きると、積み荷だけでなく多数の人命も失われたと思われます。しかし、この時代はまだ人命よりも、お金を稼ぐ貿易のための積み荷の損失の補償が優先されたようで、保険制度はまず海上輸送のリスクに備える損害保険として始まりました。

その後、保険制度は海上だけでなく陸上での損失に対する損害保険も始まります。そのきっかけは、1666年に起きたロンドン大火といわれています。この大火では、死者の数こそ5名と少なかったのですが、ロンドン市内の家屋のおよそ85%が焼失。世界の三大大火の1つにあげられています(他の2つはイタリアのローマ大火、日本の明暦の大火です)。この事件の後、1681年に世界初の火災保険会社「ファイア・オフィス」が創業されました。

貿易船

2.日本における保険の始まり

日本での保険の始まりは、戦国時代の終わりから徳川時代になって鎖国が本格的に始まるまでの期間に行われた朱印船による海外との貿易での海難事故に備える必要性からだったといわれています。日本でも世界と同様に危険の多い海上輸送から保険に似た制度が始まります。その制度は、「抛金(なげかね)」と呼ばれ、金融業者が1回の航海ごとに金を出し、無事に航海が終われば利子と元金を徴収。もし、船が海難事故で難破したときは何も払わなくていいという制度です。その後、江戸時代の中期頃には、大阪と当時の江戸や日本の各地を日本沿岸に沿って船でさまざまな積み荷を運ぶ海上輸送が盛んになります。それにつれて損害保険に近い制度が生まれました。

江戸末期になると、1859年に横浜で損害保険業が外国保険会社により始まり、1867年に福沢諭吉が著書の「西洋旅案内」でヨーロッパの近代的な保険制度を紹介します。明治時代になると、日本の会社によって、海上保険や火災保険事業が始まります。

江戸時代

第二章 共済のはじまり

1.共済の始まりは17世紀のイギリス

共済の始まりは、17世紀末のイギリスの牧師さんたちが始めた生命保険の始まりともいえる「香典前払い組合」といわれています。当時は、牧師さんが亡くなると多額な葬儀費用が必要で、また牧師さんにとって死後の家族のことが心配でした。そこで、牧師さんが集まって少しずつお金を出し合って葬儀費用を積み立てます。牧師さん一人は、少ない金額の積み立てで済みますが、亡くなった牧師さんの遺族は、たくさんの香典をもらえることから、牧師さんは自分の死後のことを心配しなくてもよくなります。このように共済は、みんなで助け合う「相互扶助」の考えで成り立っています。誰かが特別に多くの利益を得るのではなく、公平に利益を分け合う制度です。

牧師

2.不備が多かった初期の共済制度

この「香典前払い組合」制度は長くは続かなかったといわれています。なぜなら、年齢に関係なく同じ金額を積み立てる制度だったからです。若い牧師さんは、長い期間にわたって積み立てをしなければならないのに年老いた牧師さんは積立期間が短くても同じ金額の香典をもらえたことから、すぐに若い牧師さんたちから不満が出て、次々に参加者が抜けてしまったため資金不足に陥って10年ほどでつぶれてしまいました。

その後、同じイギリスで2,000人ほどの地域住民によって「アミカブル・ソサエティー」と呼ばれる組合組織が作られました(「アミカブル・ソサエティー」とは友好団体のような意味の言葉です)。掛け金は、「香典前払い組合」と同様に年齢や健康状態に関係なく一律の年5ポンドでした。しかし、「香典前払い組合」のように若い人が不利にならないようにと加入者の年齢が12歳以上55歳に制限されました。さらに、分配方法は掛け金総額の6分の5を、その年に亡くなった人の人数で割って、6分の1を積立金として残すように変更されました。

しかし、年度によって亡くなる人の人数と加入者数が違うことから、死亡したときに遺族に支払われる金額は一律になりません。そのため、遺族に不公平感が生まれます。また、遺族に支払われる金額は「香典前払い組合」と同じく、掛け金を払った年数に関係がなかったため、55歳近くになってから加入する人もいて不公平感が生じます(後に、加入できる年齢の上限がより公平になるようにと45歳までに引き下げられました)。

中世の民家

3.共済・保険制度は生活に欠かせない制度

制度的には、「香典前払い組合」も「アミカブル・ソサエティー」も問題を抱えていますが、みんなで助け合う「相互扶助」の考えは、万が一に備えて安心した生活を送れる必要不可欠な制度として世界に広がっていきます。その後、年齢別の死亡率に応じた保険料が算出されるなど確率的に加入者に不公平が生じない合理的な理論が確立され、近代的な共済・保険制度ができあがっていきます。

第三章 まとめ

共済や保険がどのように始まったのかについて紹介しました。共済や保険は、万が一のリスクに備えて安心をお金で購入する制度です。無駄なお金の使い方にならないように、一人一人で異なるリスクをしっかり見極めて共済に加入する必要があります。